OUR AIM
本研究プロジェクトが目指す大きな目標は、近年、学際的分野として注目されている環境史のディシプリンを建設し、その可能性と課題を提示することです。
環境史において、歴史家が果たす役割はどのようなものか?そして、歴史家はどのようなアプローチでその問題に迫ることができるのか?——環境史が歴史を扱うものである以上、この分野において歴史学が担う役割は少なくありません。重要なことは、いかにして、古気象学や水文学などの理系分野の知や地理学や文化人類学などの近隣領域の知と、歴史学の知を融合させ、理論を組み立てていくか?というプロセスです。
私たちはまず、歴史学から何ができるかについて考えていきたいと思います。そして、そのためのケース・スタディとして、エジプトという一地域を対象とし、そこに見られる環境と人間の相関関係に着目していきます。
エジプトはよく知られているように、古代以来、ナイルの恩恵を受け、西アジア地域随一の穀倉地帯でした。しかし、その背景には、毎年夏季に増水するナイルの水を管理し、最大の農業生産をもたらそうとした人間の努力と知恵があったことも忘れてはなりません。人々は、ナイルの水を制御するために、水位変動や農業生産量の記録をとり、その記録を管理するための機構をつくり、灌漑設備を管理して農業生産を維持するためのシステムを築いてきました。このような水利行政や徴税システムに関わる文書史料が、古代王朝期から近現代にいたるまで、比較的多く残っているのがエジプトの一つの特徴です。
ところが、エジプトの歴史は、それぞれの時代の研究が他の地域とは比べものにならないほど分断されてきたという事実があります。——古代エジプト時代、それに続くプトレマイオス朝やローマ帝国期は考古学あるいは西洋史に分類される一方、西暦7世紀以降にイスラーム勢力がエジプトを支配した後は東洋史に分類され、同じ地域であるにもかかわらず、かなり異なる分野として認識されています——。これは、主として、言語の違いに根ざすものです。古代王朝時代にはエジプト語、ギリシア・ローマ時代以降はギリシア語、7世紀以降は主にアラビア語が文書のなかで用いられるようになりました。複数の言語を、文書を読解するレベルで習得することは困難であることはもちろん、これらの言語に通暁した人でも、異なる時代の文書を十分に把握することは事実上不可能といえるでしょう。そこで本研究プロジェクトでは、紀元前4世紀から紀元後17世紀を対象として、各時代の専門家が協働しながら、史料の共有を図っていきます。
その上で、私たちが取り組むのは、歴史家などの一部の専門家のみがアクセスし得た情報をデータベース化し、学際的研究の地平を拓いていくことです。環境史の魅力の一つは、学際的な歴史研究を可能にすることですが、実際に様々な分野の研究者が手を携えて研究を行うためには、史料やそこから得られる情報をいかに共有すべきかが大変重要な問題になってきます。その問題を解決する一つの策として、データベース化とその公開を提案しています。これは、今後見据えてゆくべき学際的な環境史研究のための基礎作業として機能するものになると考えています。
本研究プロジェクトは、エジプト地域という枠組みで行われるものではありますが、様々な地域におけるデータとの比較研究を喚起するものであり、グローバル・ヒストリーを構築する際にも重要な役割を果たすことができるにちがいありません。
WHAT WE DO
プロジェクトは次の3段階を設けています。
初年度は、計4回の研究会を開催し、それぞれの時代の文書史料の伝世状況やそれらの文書史料から得られる記録についての共有を図り、通時的に集めて意義のある記録にはどのようなものがあるかについて検討を重ねてきました。その結果を踏まえて、2年度目には、ファイユーム地方の農業生産量と栽培品目のデータ、およびナイルの水位変動の通時データを収集し、一つのデータセットを作ることを目標に進めていく予定です。
- 上掲の課題を解決するための方法論の確立
- それに基づく通時的データベースの構築と公開
- 他地域の専門家や水利工学や水文学等の異分野との共同分析
初年度は、計4回の研究会を開催し、それぞれの時代の文書史料の伝世状況やそれらの文書史料から得られる記録についての共有を図り、通時的に集めて意義のある記録にはどのようなものがあるかについて検討を重ねてきました。その結果を踏まえて、2年度目には、ファイユーム地方の農業生産量と栽培品目のデータ、およびナイルの水位変動の通時データを収集し、一つのデータセットを作ることを目標に進めていく予定です。
MEMBER
現在、本研究プロジェクトのメンバーは、前4世紀に始まるギリシア・ローマ期から、7世紀以降のイスラーム化の時代を経て17世紀至るまでのそれぞれの時代の専門家3名と、情報学の専門家1名から構成されています。
高橋亮介 TAKAHASHI, Ryosuke 歴史学
専門は古代ギリシア・ローマ史。特にヘレニズム・ローマ期エジプトと帝政期ローマ。 現在の主な研究テーマは以下の2つ。
本プロジェクトでは、ギリシア・ローマ時代のギリシア語で書かれたパピルス文書等の収集と史料解題を担当する。 |
亀谷学 KAMEYA, Manabu 歴史学
初期イスラーム時代(西暦七世紀〜九世紀)を中心に、カリフを頂点とするイスラームの統治システム、またそれを研究するための基礎となる史料に関する諸問題について研究している。 本プロジェクトでは、初期イスラーム時代のアラビア語で書かれたパピルス文書の収集と史料解題を担当する。 |
熊倉和歌子 KUMAKURA, Wakako 歴史学
中世イスラーム時代、特にマムルーク朝(1250-1517)からオスマン朝初期(1517-)のエジプトにおける土地制度や灌漑の維持管理制度をみながら、統治システムや、支配層と民衆、都市と農村の関係性について研究している。また、文書行政や記録管理の問題にも関心がある。 本研究プロジェクトでは、13〜17世紀までのアラビア語で書かれた文書史料の収集と史料解題を担当する。 |